第8話 出遇い(であい)
「源空(法然)のもとへお行きなさい」
六角堂での観音菩薩からの夢告を受けて、範宴(親鸞)は源空のもとへ行く決心をします。
比叡の山で修行をする者で、源空の名を知らない者はいませんでした。その真摯な修行の態度、柔和な人柄は、誰からも尊敬されていました。それほどまでに比叡の山で修行に努められた源空でしたが、範宴に先立つこと25年ほど前、比叡の山を下りられました。修行を完成したからではありません。比叡の山だけでは完成しきれない何かを感じられてのことでした。
修行を積めば積むほど、迷いが深くなる今、源空上人のことが気になります。どうして山を下りられたのか。山を下りて、何をされているのか…。源空の評判を耳にしてはいても、実際に会ったことはありません。比叡の山での20年間を捨てて、すぐに源空のもとへ飛び込むこともできずにいました。
しかし、観音菩薩からの夢告を受け、源空の草庵がある吉水に通う決心をしました。
源空上人の草庵には、老若男女、身分も貴賤も問わず、あらゆる人びとが集っていました。上人のお話を聞くため、大勢の人びとが草庵に集っていました。
「阿弥陀如来は、私たち生きとし生けるものを救いたいと願いを起こされました。阿弥陀如来を信じ、「南無阿弥陀仏」とお念仏申しましょう。念仏申す衆生を、阿弥陀如来がお救いくださいます。南無阿弥陀仏」
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
源空の説く教えは、シンプルなものでした。比叡の山で20年にわたり、身もこころも極限まで追い詰めるような修行をしてきた範宴にしてみれば、「そのようなことで救われるのだろうか?」と、疑いすら抱いてしまうものでした。
しかし、自分が頼りとする場は、源空のもとしかありません。晴れの日も雨の日も、どんなに天候が荒れていても、範宴は源空のもとへ通い続けます。多くの民衆とともに。
源空上人の話を聞き続けるうちに、いえ、上人のもとを訪ねる人びとと会ううちに、範宴のこころの中に変化が起こります。
上人の教えを聞き、こんなにも喜び、通い詰められる人々がいる。失礼なことではあるが、比叡の山で修行する者と比べれば知恵も知識も劣る人々が、私が今まで見たこともないような喜びに満ちている。精進することによって何かを得るものだと求め続けてきたが、そうではなく、既にして与えられている何かがあるのではないだろうか。自身の知恵や知識によって、そのことに気付かずに生きてきたのではないだろうか。
今まで、上人や上人が説かれる教えに対して、疑いの眼で見てしまっていた。上人のもとに訪れる人々に対して、自分は修行を積んできたものであるという驕りのこころを抱いてしまっていた。修行を積めば積むほど迷いのこころが深くなっていたけれど、それは、私自身のこころに問題があった。そのことを上人や、ここに集う人々は教えてくださった。私は、やっと人に遇(あ)えたのかもしれない。私は、源空上人のもとで教えを聞き続けていきたい。ここに集う人々と共に。
時に範宴29歳 源空69歳のときのことでした。