第7話 夢告(むこく)
六角堂への百日間の参籠を決めた範宴(親鸞)は、比叡の山から洛中にある六角堂への参籠を続けます。
参籠を始めて九十五日目の寅の時(午前4時頃)、範宴は夢を見ます。六角堂のご本尊、観音菩薩が、悩み苦しむ範宴の前に立ち、次のように語りました。
行者宿報設女犯(ぎょうじゃしゅくほうせつにょぼん)
(行者宿報にてたとい女犯すとも、)
我成玉女身被犯(がじょうぎょくにょしんぴぼん)
(我玉女の身となりて犯せられん。)
一生之間能荘厳(いっしょうしけんのうしょうごん)
(一生の間 能(よ)く荘厳して、)
臨終引導生極楽(りんじゅういんどうしょうごくらく)
(臨終に引導して極楽に生ぜしむ。)
「仏道を修行しているあなたが、前世の宿業によって女性を求めるのなら、私が玉のように美しい女性となって添い遂げましょう。一生の間あなたの生活を美わしく飾り、臨終の際には、あなたを極楽に導きましょう」
人は、煩悩を断ち切れず、欲望に振り回されながら生きています。煩悩を断とうと仏道修行に励むのですが、どうしても断つことができません。夢の中での観音菩薩のことばは、性的欲望で表現されてはいますが、あらゆる煩悩を含んだ意味でもあります。
20年にわたり比叡の山で修行してきた範宴でさえも、女性に対する想いは断ち切れませんでした。また、衆生救済を願っての修行は、新たな迷いを生み出してもいたのです。
衆生救済の願い
想いを成就したいという欲求
想いを成し遂げることができない焦り
いのち尽きることへの恐れ
これらの迷いが範宴の身にのしかかっていたのですが、観音菩薩は、それらすべてを受け入れてくださったのでした。そして、源空(法然)のもとへ踏み出すことを勧めます。